「災害を自分事として考え 未来志向を持ってほしい」減災科学の専門家が唱える”明るい未来社会構想”とは

「南海トラフ巨大地震が起こると瀬戸内海にも数メートルの津波が押し寄せ、確実に人は流される」
そう話すのは地震学を専門とする、香川大学地域強靭化研究センター長の金田義行特任教授。
「災害を自分事として捉えないといけない」と呼びかける一方で
防災減災のためには「一人一人が明るい未来について考える」ことが重要だとも話す。
地震学に加え「減災科学」も専門とする金田氏に、その意図を尋ねた。

金田義行 特任教授
金田義行 特任教授

瀬戸内海にも数メートルの津波が押し寄せる

―まず初めに、岡山・香川の人たちに意識してほしいことを教えてください。

災害を自分事として考えてほしいということです。
高松はかつて高潮がありましたが、大きな被害でしたよね。
地震も同様で、実際には30cmの津波でも人は流されてしまいます。
太平洋側とはだいぶ違いますが、南海トラフ巨大地震が起こると、瀬戸内海にも数メートルの津波が入ってきます。到達までの時間は少しあるにしても、早く逃げないといけないのです。また巨大地震が起こると、地盤沈下が起こります。そうすると津波が来る前に水が入ってくる可能性もあります。ですから、大きな揺れ、長い揺れが続いたら、津波が来るものだと思って、できるだけ早く想定されている浸水域外に出る、ということが大切なのです。

南海トラフ巨大地震が発生したときの津波シミュレーション。
地震発生から約8時間で、岡山・香川にも津波が押し寄せている。

―瀬戸内海も安心できないのですね

どういう規模かは別として、紀伊水道をさかのぼる津波と、豊後水道をさかのぼる津波が起こります。
それが瀬戸内海に入ると、津波が両方から重なるのです。
それだけではなく、瓦礫が入ってきます。両方から津波がくるわけですから、瓦礫が(瀬戸内海の)外に出ていかないのですよ。東北のときは、瓦礫が外に出てアメリカまで流れ着いた、みたいなことがありましたが、瀬戸内海に入った瓦礫は逃げません。あとは沈むだけです。

災害が起こってから対策を考えたのでは遅い

瓦礫がもし瀬戸内海の一面を覆うことがあったらどうするのだろう。
そういうことは津波が起こってから考えていてはだめで、起こる前に、その処理をどうしたらいいだろうか、或いは有効活用する手立てはないのかを事前に考える必要があります。例えば、防潮堤や地盤改良のときに、瓦礫を有効活用できないのか、そういうアイデアが必要なのです。津波が来て、瓦礫の問題が出てきたときに、それを利用して街を再建しようみたいな構想がすごく大事で、そういう構想を持てる人材を育てることが大事だと思っています。

―それが先生の掲げる「明るい未来社会構想」にもつながってくるわけですね。

例えば東日本大震災のときに仙台平野に津波が来ましたよね。塩害の問題が起こりました。もともと農業をしていたところに海水が入って、塩害をどうやって解決しようかという議論もあったけれど、別の視点で見ると塩トマト、かえっておいしいトマトを作ることができたということもあって、そういう発想が大事だと思います。被害は甚大だけれどもその被害をうまく、ピンチをチャンスに置き換えるような考え方をする。これはある意味イノベーションだと思うんですよ。

金田特任教授が唱える「明るい未来社会構想」
金田特任教授が唱える「明るい未来社会構想」

未来を考える防災人材の育成

―なかなかそれを平時に考えられている人はいないと思います

だから人材育成が大事なのです。被害を小さくする、命を守るというのはもちろん最も大事なことですが、その先に何があるのだろうというところを事前に共有しておかなかったら、復興はどうしても温度差が出てしまいます。本当に甚大な被害を受けた人と軽微な被害の人では、温度差がありますよね。甚大な被害を受けた方は、あしたあさっての生活をどうしようということを考えなければなりません。そうすると、未来づくりを災害後に考えようとしても、考えられないんですよ。
日頃から大学の研究者、企業の皆さん、市民の皆さん、行政の皆さん、いろんな人たちがいろんな視点で議論して、新しい街づくり、明るい未来づくりを考える。そういうゴールがあって、そのために自分たちに何ができるかを、事前に考えておくこと大切だと思います。

―最悪のケースを想定するだけが全てではないということですね

例えば横断歩道を渡るときに、右と左を見ますよね。そういう安全確認をするという意識で生活することが大事です。日頃の生活のなかでまず自分の身を守るという認識で、災害のときにどうしたらいいのか点検をしてほしいです。家の中の点検、個人の点検、地域の点検、これが地域を知ることにもつながるわけで、そうした考えを持っていれば、最大の被害は防げます。「災害が来るから。地震が来るから。」と言って日々生活している人はいません。けれど起こったらすぐに対応できるように、訓練や想像力や知識を自然と体のなかにうまく取り込んでおく。そういう意味で女性の役割は大きいと思っています。

防災減災は女性と子どもがカギになる

―防災減災に女性の持つ力は大きいですか?

あまり男女の区別を強調するつもりはないですが、家庭の中で誰が家族と接する時間が一番多いかというと、お母さんだったりしますよね。子どもに接したり、祖父母に接したり。いろんな家事も含めて家庭の役割のコアになっていることが多いですよね。ということは女性が防災減災を理解していれば、自然と普段の生活のなかに防災減災の仕組み・要素をうまく取り入れられる。例えば家具を倒れないように留めておこう、寝るところに家具を置かないようにしよう、といろいろな工夫ができるわけです。そして子どもに教えることで、子どもたちも「ああ、なるほど」となるのです。もちろん男性の役割も大きいですが、僕は女性の方が、コミュニケーション能力が高いと思っていて、うまく相手の心をつかんで伝える、というところをすごく得意とされているので、そういう意味で女性の役割は大きいのではないかなと思っています。

―先生は子ども向けの本も書かれています。
次世代の子どもたちに知っておいてほしいという思いもあるんですか?

南海トラフ巨大地震に関していえば、いつ来るかもちろん分かりません。30年以内の発生確率が70%~80%となっていて、これは30年後というわけではありません。しかし、仮に5年後10年後という時間スケールがあったとしたら、今の小中高の人たちが、一番活躍する世代になりますよね。そういうお子さんたち学生さんたちに、少しでも地球、日本、そして地域を知ってもらう、そして災害のイメージを持ってもらうことが大事だと思って、本を書いています。

「地球と生きる~災害と向き合う知恵~」 金田義行著 冨山房インターナショナル
「地球と生きる~災害と向き合う知恵~」 金田義行著 冨山房インターナショナル

一人一人が未来志向を持つ

―改めて地域の人たちに伝えたいメッセージをお願いします。

ご自身の未来というものをきちんと持っていてもらいたい。自分、家族、地域の明るい未来を作る。その未来志向が大事で、災害の先の明るい未来づくりのために逆算して考え、自分たちは何ができるか。地域として何ができるか。そういう視点が僕は大事だと思っています。そして明るい未来を作るためには、災害だけではなくいろんな要素に対して、それを乗り越える力や、想像力が必要なのだと思います。

金田義行(かねだ・よしゆき)

東京都生まれ。東京大学理学系研究科大学院地球物理専攻修士課程修了、理学博士
香川大学 四国危機管理教育・研究・地域連携推進機構 副機構長,地域強靭化研究センター長
専門は地震学、減災科学研究。

インタビュー:中村康人 執筆:笠原慎太郎