「私たちはそもそも過去の災害によって作られた土地に住んでいる」地質工学・地盤災害の専門家が指摘する、楽観視の危険性

自分の住んでいる土地は、過去数十年災害が起きていないから安心だ。
海や川からも遠く、水害の心配もない。
そうした考えに警鐘を鳴らすのが、地質工学や地盤災害の研究を専門とする
香川大学創造工学部の長谷川修一教授。
「私たちはそもそも災害で作られた土地に住んでいるので、災害はどこにでも起こる」
「それは岡山・香川も例外ではない」と、私たちの持つ“常識”を変えることを訴える。

香川大学創造工学部長 長谷川修一教授
香川大学創造工学部 長谷川修一教授

平野は洪水でできた土地

―防災に携わってこられて、今伝えたいことは?

私たちは日本に住んでいます。広い視野でみると地震列島、火山列島に住んでいる。
つまりプレート境界という、地球上でも一番災害が起きやすい場所に住んでいるのです。
同時にもう少しミクロの視点で見ると、私たちは災害が作り出した土地に住んでいるということです。
具体的に言うと、例えば平野は平らですよね。その下に土があります。
その土はどこからやって来たかというと、洪水で来たのです。
ですから平らな土地に住んでいるということは、洪水でできた土地に住んでいるということなのです。 ということは、いつかは分からないですが、また洪水に襲われる可能性がある。
これが常識になってほしいと思っています。

―すべての平野が洪水で作られた土地なんですか?

全てです。岡山平野、倉敷平野、高松平野、丸亀平野、すべて洪水が作った土地です。
高松だと栗林公園に行くと、北庭のところに人工のせせらぎが流れていますけど、もともとは香東川が流れていた跡です。
そのせせらぎにある砂岩からできている玉石は、いまの香東川にあるものと同じものなのです。

(長谷川教授作成)
(長谷川教授作成)

―西日本豪雨で被害の大きかった、倉敷市の真備地区も同様でしょうか?

例えば高梁川のすぐ西側の真備町川辺小学校付近では、畑の土が砂からできています。
この砂は高梁川が氾濫したときに運んできた砂です。
もう少し西の浸水被害の大きかった地区に行くと、土地が低くなって、田んぼが広がっています。
そこでは氾濫して停滞した泥水から沈殿した泥が田んぼの土として利用されているものです。

―災害はいつどこでどう起きるか、断定できないですね

降雨による土砂災害は、雨が非常に強く、あるいは長く降ったところで発生します。
線状降水帯が局地的な大雨と土砂災害に関係していることも分かってきました。
しかし人間は、ちょっと降雨の中心(線状降水帯)から外れると雨の降り方が全く違っているにもかかわらず、「あの時の大雨でも住んでいるところでは土砂災害は発生しなかった」と、都合のいいように考えてしまいます。でもそれは、山が強かったから土砂災害が発生しなかったわけではなくて、強い雨から少し外れていただけなのです。

ダムや堤防に過度の期待をしてはいけない

―その認識を持っている人はなかなかいないと思います

それは最近、洪水や土砂災害の被害にあっていないからですよね。
なぜ最近洪水の被害にあわなくなったかというと、河川に堤防が作られて、氾濫が少なくなったから。
でも堤防を越える洪水になると、氾濫するわけです。
高松でも2004年には春日川などが氾濫しましたし、去年は岡山でも氾濫がありました。
普段は小さい水位の洪水に対しては堤防が防いでくれますし、上流にダムがつくられると、ダムが上流で降った雨を貯めてくれますから、下流への出水量は少なくなります。でもダムが洪水を完全に調整してくれるわけではありません。ダムも容量がありますから、それを超えてまで水を貯めることはできないので、ダムや堤防が水の氾濫を防いでいる間に、言い換えれば時間を稼いでくれている間に、我々は避難しないといけないのです。しかし我々は、ダムや堤防が守ってくれると期待しているわけですね。
その期待は、100年に1度の雨の場合は、裏切られるわけです。

ダムも容量に限界がある
ダムも容量に限界がある

―“守られている“という意識を変える必要があるんですね

小さな災害からは守られていますが、大きな災害に対しては“時間を稼いでくれている”だけなのです。
ダムがギリギリ頑張っている間に、私たちも自宅で頑張るということは、本来のダムの機能から考えると、あってはならないことです。
ハード対策、堤防・ダムの機能と限界をよく知っておくということと同時に、
自分がどこに住んでいるかということをしっかり知っておく、自覚するということが大切だと思います。

自分の住んでいる土地のことを知ろう

―自分の家の周りはどうなっているかを確認するなどの対策が必要ですね

例えば自分が住んでいる土地の地面を掘ってみますよね。
最初は盛り土が出るけど、少し掘り進めると砂利が出てくる。この砂はどこから来たのだろうと考えると、これは河川が持ってきたと。小学校でも習いますけど、河川が土砂を運搬します。ベルトコンベアで運搬するわけではないですから、それは洪水のときに運ばれてくるわけです。普段の生活では、川の水が流れてくるようには見えないけれど、かつて洪水がここまで土砂を持ってきたことがあるのだと理解できます。
自分はそこに家を建てているのだ、洪水の跡地に住んでいるのだと実感してもらいたいです。
次はハザードマップを見ることです。
昔災害があったところや、ハザードマップで私たちの家はどんな場所にあるのだろうと。
そしたら「ああ、やっぱり洪水が来るんだな」「あまりくるように思えなかったけど浸水するところにいるんだ」というように、確認してもらえたらいいと思います。

家の周りの土を掘ってみよう
家の周りの土を掘ってみよう

周りを見回して どんな危険があるか考えよう

―日頃からの家庭での準備など、何かアドバイスはありますか?

まず自分の住んでいるところ、子どもが通っている学校、あるいは勤め先がどういう場所か、その間にどういう災害の危険があるかということを自分でよく調べて、理解してもらいたいですね。そして、災害のときにどのように行動するか事前にシミュレーションをして、散歩のついでに避難訓練をしておくことです。いざとなったら頭の中が真っ白にならずに、行動できるようになってほしいと思います。
命を守ることを行政に任せるのは、自分の命を人任せにすることです。
「家族を守らないと」という気持ちを持たれている方は多いと思いますが、具体的にどこで何が起こるかが見えていると、具体的な行動につながると思います。

―どのようにしたらいろいろな想定ができるようになりますか?

例えば道を歩いていても、ブロック塀があったりほかにもいろんな看板があったり。それから歩いているとマンホールがありますよね。最近は留め具で固定されているものが増えてきていますけど、そうでないものもまだ残っているかもしれないので、洪水や高潮の際は飛び上がる可能性があります。そういうことも、街を歩きながら見てみるといいと思います。

―最後に読者に伝えたいメッセージはありますか?

正常化バイアスという言葉がありますが、「自分は大丈夫だ」と思う人が多い。
そうではなくて、「自分も災害にあうのだ」と頭を切り替えることです。
そういう認識を持っていると、周りの見え方が変わってきますので、
それに防災に活用してほしいと思います。

長谷川修一(はせがわ・しゅういち)

島根県出身。東京大学大学院理学系研究科修士課程を修了後、四国電力を経て香川大学に着任。創造工学部教授。専門は地質工学、地盤災害の研究、地域防災。

インタビュー:中村康人 執筆:笠原慎太郎
写真:「acworks/写真AC」を一部使用