【レポート】10月22日開催 おかやま100人カイギvol.9

【ごあいさつ】
去る10月22日、おかやま100人カイギ vol.9が開催されました。新型コロナウイルス感染防止のため、前回に引き続いてオンライン形式での開催。KSB岡山本社のスタジオで繰り広げられるトークの様子を、全国に向けて配信しました。



また今回は100人カイギの大きな醍醐味、ゲストとの交流をオンライン上に再現しようと、Zoomを使ったネットワーキングも導入。声と声のコミュニケーションが可能になり、いっそうボリュームアップした内容になったのもポイントです。

それでは、5人のゲストによる興味深いトークの中身を中心に、当日の模様をお伝えします。

【イベントレポート】
今回、最初に話を聞かせてくれたのは、学生時代から病弱児を受け入れる院内学級でのボランティアに励み、現在は認定NPO法人・ポケットサポートで慢性疾患や難病と闘う子どもたちの教育支援に力を注ぐ、三好祐也(みよし ゆうや)さんです。

ご自身も5歳のときに難病・ネフローゼ症候群を患い、卒園式さえベッドの上で過ごしたという三好さん。中学3年生まで院内学級に通った当事者の視点から着目するのは、長期間にわたる入院などのために生じる「空白」です。

多くの病弱児に共通するのは、教育や社会経験に空白=ポケットができやすいこと。たとえ入院や自宅療養といった状況にあっても、勉強や遊び、日々の相談ごとに支援の手を差し伸べることで、そのポケットを埋めていこうというのが、活動の根幹をなす思いです。

病弱児に向き合う過程では、志半ばで亡くなってしまった子もいたといいます。それでもなお三好さんが歩みを止めないのは、子どもたちの明るい表情に支えられた「医療は命を救う、教育は心を救う」という確信があるから。どこか人懐っこい語り口の奥に、医療で命をつないだ子どもが希望を持てる社会づくりを目指す、強い意志が感じられました。

■三好さんの活動はこちら
ポケットサポート https://www.pokesapo.com/


続いて壇上に上がった詩叶純子(しかなえ じゅんこ)さんには、岡山のクラブシーンを盛り上げていたシンガーという経歴が。より多くの人に音楽を届けたい、活動の裾野をさらに広げたいと感じるようになったことで、ゴスペルや染め物のワークショップをはじめとした人と人とを結ぶ場を提供するようになったそうです。

なかでも象徴的なのが、東日本大震災を機に岡山に避難移住した母子を支える目的で、2012年に結成された「結音-ムスビネ-合唱団」。大きな災害経験、住み慣れない土地という共通項を土台に、7年間にわたり磨き上げられたハーモニーに「お母さんたちが元気なら、家族も守れる」、そんな実感を得たといいます。

大きな財産を胸に次のステップに進みかけていた矢先、西日本豪雨が岡山を襲いました。ほどなく岡山NPOセンターに籍を移した詩叶さんは、災害支援コーディネーターという立場から被災地復興に取り組むことに。倉敷市真備地区の近くに居を構え、現在に至るまで「血縁を越えた家族へ」をテーマに被災地に寄り添い続けています。

どんな活動にも共通するのは、自己と他者が尊重し合い、ともに生きる社会をつくりたいという信念。表現の世界に生きてきたからこその身体感覚が、詩叶さんを突き動かすエネルギーになっていることがよく分かるお話でした。

■詩叶さんの活動はこちら
岡山NPOセンター http://www.npokayama.org/


さて、3番目に話を聞かせてくれたのは、美作市の山間に位置する上山地区で日本の原風景を蘇らせようと奮闘する、梅谷真慈(うめたに まさし)さんです。

大学院生時代にSNSで上山地区を知り、修了後は地域おこし協力隊の一員として活動、そのまま定住するようになったという梅谷さん。耕作を放棄された棚田の再生、空き家をDIYした一棟貸しの宿の運営といった数々の「コンテンツ」を生み出してきた10年間で家族も増え、いつの間にか地域のリーダー的存在になっていました。

「鹿革でつなぐ棚田」と題された今回のトークでは、鹿による農作物への被害防止のために狩猟を行うようになってから、鹿革製品のブランド「Tsunag.」を立ち上げるまでの流れを分かりやすく説明。「鹿が生きてきた価値を高めたい」という言葉には、狩猟から処理、製造までを一手に担っているがゆえに感じられる重みがありました。

奇しくも梅谷さんの出身地は奈良県。持続可能な里山暮らしの形を模索するなかで、鹿革にチャンスを見出したのも、何かの縁かもしれません。ご自身が望む通り、岡山産の鹿革やジビエが棚田再生のシンボルとして浸透することを祈りたいですね。

■梅谷さんの活動はこちら
Tsunag. https://www.tsunag-ueyama.com/


4人目の小林美希(こばやし みき)さんは、その名も「カブで旅するフォトライター」。「ソラコ」と名づけたホンダのスーパーカブで日本全国を巡り、その模様を美しい写真とともに発信しています。大阪育ちの小林さんがバイクに乗るようになったきっかけは、社会人になり長崎県佐世保市に移り住んだこと。交通手段としてバイクを購入したところ、その身軽さに「どこへでも行ける」感覚を持ったそうです。

テレビ関係の仕事を辞め、一度は大阪に戻った小林さんでしたが、「満員電車に揺られて通勤する自分を想像できなかった」ことから、一転浅口市へ。晴れの日が多く、海も近い。さらに交通アクセスもいいことが、移住の決め手でした。バイク乗りにとって理想的な環境に身を置いたことが、「気まま旅」をより充実したものにしてくれたんでしょうね。

SNS上で旅の様子を伝えることを「みんなで旅を楽しんでいるよう」と表現する小林さん。遙照山(ようしょうざん)公園や青佐鼻(おおさばな)海岸をはじめとした地元の人なら見慣れた風景も、レンズを通せばまた違った見え方になるといいます。走行距離が10万キロを超えても、ご自身が「私より元気」と話すソラコと一緒に、これからも旅の魅力を発信し続けてほしいですね。

■小林さんの活動はこちら
こばん https://www.koban.site/


vol.9を締めくくってくれたのは、岡山はもとより県外にも店舗を展開する「うのまち珈琲店」の店主・小田墾(おだ つとむ)さんです。いまでこそ「SNSでバズる」店として、クリームソーダやパフェが人気を博していますが、その船出は決して順風満帆ではなかったそう。事実、最初に開店したカフェは2年あまりで閉店しています。

お金の借り方も、物件の借り方も、カフェラテのつくり方も分からなかったという小田さんですが、2度目の開業となった「カフェムジカ」は物件の大家さんへの粘り腰の交渉が実を結び、徐々に軌道に乗ることに。店を続けることで広がっていった人脈を活かす形で、2号店「カフェキネマ」、そして「うのまち珈琲店」へとビジネスを発展させていきました。

その後もカフェ出店に適した物件を探す「全国閉店舗ツアー」、県外出店など、思い立ったことをフットワークも軽く実行に移してきた小田さん。「計画は立てても、予測不能が前提。行動だけが人生を変える」という言葉は、これから起業を考えている人にとって大きな意味を持つのではないでしょうか。

■小田さんのお店はこちら
うのまち珈琲店 https://twitter.com/unomachicoffee

【ネットワーキング】
5人の話が終わり、小休止を挟んでからはZoomを使ったネットワーキングを実施しました。前回はYouTubeのコメント欄でのQ&Aという形でしたが、ゲストとの交流をより深めてもらおうと企画したものです。

トーク本編では話し足りなかった内容や質問はもちろん、話は人生相談など深~い話題にまでおよんだ模様。最初は戸惑い気味な部分もありましたが、和やかに会話を楽しんでいる様子が印象的でした。

なお次回のおかやま100人カイギは、11月25日(水)に決定。ゲスト情報など詳しくはこのホームページやSNSでお知らせしますので、お楽しみに!

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