【レポート】2月24日開催 おかやま100人カイギvol.13

2月24日、おかやま100人カイギ vo.13が開催されました。オンライン形式で多くのみなさんにご視聴いただきました。

今回からはZoomを使ったネットワーキングを、YouTube上でのクロストークに変更。チャット欄で気軽に質問を受け付けながら、トーク本編では語られなかった話をうかがいました。



それでは、5人のゲストによるトーク内容を中心に、当日の模様をレポートします。

【イベントレポート】
今回、最初に壇上に上がったのは、美作市上山地区でキャンプ場を運営しながら、棚田や里山の再生に取り組む三宅 康太(みやけ こうた)さんです。『世界がもし100人の村だったら』に感銘を受け、小学校の卒業文集に将来の夢を「世界平和」と記した三宅さん。中学校、高校に進学して以降も自分に何ができるのかを考え続けたものの、確たる答えは導き出せず、大学時代はウインドサーフィンに没頭しました。このことが、後にアウトドアの文脈にも主眼を置いた活動を展開するうえで、大きなバックボーンになりました。

卒業後、一度は金融業界に就職。お金を扱う職業に就き、改めて人生において本当に価値があるものは何かを自問した結果、行き着いたのが「豊かな暮らし」。そこに至る手段のひとつがお金であると悟った三宅さんは、都市部からの移住を決意しました。というのも過疎化の進む地方にこそ、この国が育んできた豊かな暮らしのあり方が残っていると考えたからです。

移住先に選んだのが、美作市上山地区。およそ1000ヘクタールの範囲にわずか160人ほどが暮らす地区に身を置き、1人の「プレーヤー」として活動するようになってから5年ほどの時が流れました。現在は旧来からの居住者への尊敬の念を大切に、イベントをはじめとした人と人との交流の場づくりに奔走中です。

三宅さんが追求する豊かな暮らしの中身、それは「いまもこれからも楽しく」というもの。「楽しい」に含まれる「作物の出来が豊かである」という語義には、三宅さんの活動の狙いが込められているかのようですね。


続いてのゲスト、中山 忍(なかやま しのぶ)さんは、この道40年のキャリアを持つ童画家です。21歳のときに初めて開催した展覧会を活動の軸に、モザイク画のワークショップ、病院の壁や天井に絵を描くホスピタルアートと、優しい作風が特徴の童画を通じて幅広く活躍してきました。今回のトークは、なかでもホスピタルアートにスポットライトを当てたもの。殺風景ではどこか不安な気持ちに駆られる医療の現場を、少しでもリラックスできるムードに変えてきたこれまでの歩みを紹介してくれました。

中山さんが初めてのホスピタルアートを施したのは、高知市内にある産婦人科。手術室を美しく彩ったところ、ベテラン看護師から「手術が必要になると私たちでも緊張するのに、気分が和らいだ」との言葉をかけられたといいます。このことが、ホスピタルアートへの思い入れを深める大きな契機になりました。

その後は地元の岡山を中心に数々の作品を手がけることになった中山さん。自らの天井画のもとでお孫さんが誕生するなど、感慨深い出来事もありました。さらには医療ボランティア団体との出会いをきっかけに、カンボジアの医療センターでもホスピタルアートを制作。長期療養児の学びのきっかけにと、数を数える仕掛けも盛り込みました。帰国後も交流は続き、現地の子どもたちが描いた原画をもとにモザイク画をつくって、展覧会を開催。会期が終了して作品をカンボジアに送り届けると、たくさんの喜びの声が返ってきました。

中山さんのポリシーは、ホスピタルアートを自分の作品だととらえないことです。描きたいから描くのではなく、現場に必要なものを描く。普段は見えていなくても、つらいときに目に留まるものをつくる。そんな中山さんの姿勢には、プロとしての気概が感じられました。

■中山さんの活動はこちら
緑の中でひとやすみ http://itochin.biz/


3人目は、瀬戸内市の沖合に浮かぶ長島で喫茶さざなみハウスを営む鑓屋 翔子(やりや しょうこ)さん。入所者の高齢化が進むハンセン病療養所・長島愛生園に店を構え、単なる喫茶営業だけに留まらず、島の歴史や文化を伝えようと活動しています。

大阪出身の鑓屋さんは、小学校3年生のときに美咲町に移住。両親とともに田舎暮らしを送るも、環境を変えたいとの思いから大学進学のタイミングで一度は実家を出ました。しかし卒業後、特にやりたいことが見つからなかったことから、美咲町にUターンします。

帰省した先で「時間はあってもお金がなかった」という鑓屋さん。そこで、地方でも楽しく暮らす方法を模索すべく、町役場や地域の人と連携して空き家を改修。中間支援のNPOやゲストハウスに勤務し、縁をたどる形で長島にさざなみハウスを開くに至りました。

新たな道を歩み始めた鑓屋さんでしたが、長島やハンセン病に関する知識はごく限られたもの。しかし、ここでも島民とのふれあいを通して自らの使命をつかみ取っていきます。ハンセン病という枠組みで語られがちな島にも、当たり前にそれぞれの生活があり、喜怒哀楽がある。これまで自分が生きてきた社会の縮図が、長島にはある。歴史館でも多くを学べますが、入所者と対面のコミュニケーションがかなうさざなみハウスは、生きた経験が語られる空間。小さな島に見つけた人の暮らしの普遍性にふれる場を、鑓屋さんはこれからも守り続けます。

■鑓屋さんのお店はこちら
喫茶さざなみハウス https://sazanami-house.info/


さて、続いては守屋 直記(もりや なおき)さんが登場。表町商店街のほど近く、オランダ通りを一本外れた「裏ンダ通り」にある「餃子世界」の「界長」を務める人物です。大学で都市の景観維持に関わる研究に勤しんでいた守屋さん。そのかたわらではデザインやアートにも関心があったことから、卒業後は芸術イベントなども手がけるアパレル企業に就職します。

現代アートの輸入やイベントのPRなどに従事していた守屋さんですが、組織に属していては「やりたいことをやれずに人生終了かも」と考えるように。しかし、働きながら独立の準備をすることは難しく、「とりあえず自由になろう」との思いから「会社を辞めることをめちゃくちゃがんばった」といいます。このエピソードには、YouTubeのコメント欄も大いに沸きました。

イベント運営に携わるも、集客能力の一過性に問題意識を感じていた守屋さんは、街に活気をもたらす「点」をつくろうと決意。その結果、「開界」させたのが、餃子に「人をつなぐツール」という役割を持たせた餃子世界でした。「嫌いな人が少ない」という理由から目をつけた餃子がハマり、店は餃子を楽しみに来る人もいれば、未来を語らう人もいる人気店に。守屋さんは起業を目指す若者を相手に、自らの「事例」を惜しみなく伝えました。

そのエッセンスともいえるのが、「1人でもプレーヤーが増えれば、街の余白が埋まる」という考え。空き店舗をはじめとした「余白」が埋まれば、そこに人が集まって元気な街になるというメッセージを体現しているのが餃子世界以来、続々と新店がオープンした現在の裏ンダ通りなのです。

守屋さんによれば、いまは固定費の削減といった工夫次第で誰でも起業できる時代。遠すぎる未来を見るのではなく、明日できることを考える守屋流のステップを踏めば、スタートアップは思いのほか身近なものになるはずです。

■守屋さんのお店はこちら
餃子世界 https://www.instagram.com/gyozasekai


vol.13、最後のゲストは瀬戸内市の職員として、SNSなどを活用した観光振興に取り組む関 洋平(せき ようへい)さん。「光を観る」と題されたトークは、民間企業に勤務していたころから一貫して携わってきた企画の発想法が存分に詰め込まれたものでした。

「散らかす、選ぶ、磨く」が、関さんが見つけ出した企画の三原則。すなわち、たくさんのアイデアを出し、それらを分類し、本当に価値のあるものだけをじっくりと磨き上げることが、魅力ある企画づくりの基本にあるそうです。これを瀬戸内市の観光に当てはめてみれば、「東洋のエーゲ海」と称される牛窓、名刀・山鳥毛に代表される刀剣などのコンテンツに思いが至るというもの。地元の人が「何もないよ」と自嘲する地方にこそ、「観せる」べき「光」は存在しているのです。

それらをより魅力的な企画にまとめあげるためには、「日頃から人に仕事を手伝ってもらう」「さまざまな文物にふれて引き出しをつくっておく」といったコツがあると語ってくれた関さん。なかでも「何も思いつかなければ、さっさと帰って寝る」というアドバイスは、積極的に切り替えを図るという文脈でとらえれば、働く人すべてに応用が利く思考法かもしれません。

終始にこやかに話を聞かせてくれた関さん。しかしその目には、少子高齢化の一途をたどる日本を観光産業で支えたいという確固たる意志が宿っているように感じられました。

■関さんのTwitterはこちら
https://twitter.com/yokai0330

【クロストーク】
イベント後半に行われたクロストークは、今回からYouTube上で進行。ゲスト同士の掛け合いも見られたほか、参加者のみなさんからの質問に真摯に答えてくれている姿が印象的でした。

さて、次回のおかやま100人カイギ vol.14は、3月24日(水)に決定。

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