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沖縄・首里城を救った男“鎌倉芳太郎” 戦前戦後の復元に大きく貢献した人間国宝が香川・三木町に

11月14日 18:15

 鎌倉芳太郎をご存じでしょうか?染織の世界で人間国宝になった人物ですが、沖縄県との関係が深く、戦前戦後と首里城の復元に大いに貢献しました。実はこの鎌倉芳太郎、香川県の三木町出身なんです。

(記者)
「三木町です。ここに鎌倉芳太郎の顕彰碑があります。芳太郎は三木町の名誉町民になっています。顕彰碑には芳太郎の研究が首里城復元に役立ったことなどが書かれています」

 鎌倉芳太郎は、1898年に香川県三木町で生まれ、東京美術学校・現在の東京芸大に入学。卒業後は沖縄に美術教師として赴任し、琉球文化の研究を始めます。
 沖縄をくまなく回り、染織や建物など沖縄の文化を写真とノートに記録しました。取材ノートは鎌倉ノートとも呼ばれ、実に81冊にも上ります。

 また、写真も当時の最新のカメラ技術を使っていて、その鮮明さから貴重な資料になっています。
 こうして芳太郎が残した約7000点の資料は、戦前戦後の首里城の復元に大いに貢献しました。

 膨大な資料は現在、沖縄県立芸術大学に保存されていますが、偶然にも今、香川県立ミュージアムで開かれている特別展に芳太郎が撮影した首里城の写真や取材ノートが展示されています。

(香川県立ミュージアム 主任専門学芸員/渋谷啓一さん)
「当時の最新の写真の技術を身につけて、短期間のうちにこれ程多くの沖縄文化について取材をしていったフィールドワークを、最高のフィールドワーカーだといわれている、それを克明に残していることがすごい」

 三木町名誉町民の鎌倉芳太郎ですが、実は地元でもあまり知られていません。
 しかし生家は残っていて、芳太郎の親戚も健在です。喫茶店を経営しながら芳太郎の功績を展示しています。

(鎌倉芳太郎の甥/鎌倉佳光さん)
「おじさんの今までやってきた仕事が、また世に出てちゃんと役立つことを信じて見守ろうと思います」

 沖縄のシンボル・首里城の復元の声が大きくなればなるほど、鎌倉芳太郎の功績はさらに脚光を浴びることになりそうです。

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