人のために頑張ることが
私の原動力!

東京支社ユニット
岡 薫

小さなことの積み重ねが次につながる

現在は東京支社でクライアントにKSBでCMを放送する枠を売る営業の仕事をしています。営業先を回るよりも、プレゼンまでの準備と社内調整が業務の8割ぐらいを占めてますね。
クライアントの中にはKSBと岡山香川がどんなエリアか詳しくない方も多いので、まずKSBの番組と岡山香川エリアの特徴の説明をします。全国で商品を販売しているクライアントは、全国各地のテレビ局が提案する企画を比較し、採用する案を決めます。なので、単なる番組の説明ではなく番組の経緯やモチベーション、「KSBを使ってキャンペーンをした場合にエリアでの商品認知度が○○%上がります」のような予測などを詳細に書いた企画書を用意します。その後で、ようやく予算と希望に合った(CMを放送する)時間帯、本数、番組内でのパブリシティがこのぐらいできますなど、他局よりもアピールできるように提案をします。
一番の理想は「予定していなかったけど、そこまで提案してくれるなら岡山香川でプロモートやってみようかな」と言われることですね。
テレビと番組と時間はテレビ局の売りですが、最終的にお金になるのは「人」です。いいコンテンツを作るために関わっているのは「人」。「クライアントのためにこの企画を頑張ろう」と思ってくれているか、番組に関わる人みんなが短い時間でもクライアントのためにやってくれるのが大事だと思っています。クライアントがパブリシティ番組の撮影の立ち会いをするのも意味があって、「自社商品をKSBはどう扱ってくれるのか」をしっかりチェックしているわけです。撮影中のカンペ1つ取っても適当にやっていると、すぐに伝わってしまうんです。立ち会いは現場にいる誰もが緊張もしますが、チャンスでもあって。少しでも「よかったな」と思ってもらえたら、次のキャンペーンに繋がる可能性が生まれます。日々、そういう小さなことの積み重ねなんですよね。だからちょっとでも失敗しないため、準備には力が入ります。

環境問題について考える放送局を探して

牛の生体生理の研究ができる大学で、飲料メーカーがペットボトル用のお茶を抽出する時に出てしまう茶殻をどうやって牛の餌にするかを研究していました。その後、研究を続けるために大学院へ進もうかという時に「狂牛病」の事件があって。狂牛病の怖さばかり煽るニュースの影響で一緒に研究をしていた酪農家さんが牛の価格の暴落で廃業に追い込まれていた姿を見て、報道のあり方について考えるようになりました。
大学院へ進むか就職をするか決める時、企業研究で当時の加藤社長が小学校で大地の恵みのありがたさと地域との共存について講演していることを知りました。まだSDGsが世の中に広がっていない頃で、テレビ局の社長で農作物や地域の環境に対して思いを持ってくれている人はまだ少なかったと思います。そこで初めて岡山・香川に瀬戸内海放送というローカルテレビ局があることを知りました。
大学の牛の飼育当番の合間を縫って採用試験を受けて、「狂牛病が危ないと『伝える報道』と『煽る報道』は違う。煽るばかりしていたら日本の報道はダメになります!」と面接の時に力説して採用されました。
大学院進学のための準備もしていたので、教授にものすごく怒られました…。「今できることをやらないと後悔します。2、3年だけテレビ局に行ってきます!その代わりちゃんと報道します」と言って就職しました。入社後は高松報道でアナウンサーとして、警察犬のきな子や医療系のドキュメンタリーを制作していました。失敗だらけでしたが(笑)。

美術の道と研究の道

高校時代、絵も好きだったので舞台美術さんになるか研究者になるか悩んでいました。親に相談したところ「絵はいつでも始められるし息抜きにできるから、まずは理系の大学に進みなさい」と説得されました。親にとっては美術の才能に対してそこまで期待が難しかったんでしょうね(笑)。研究と同じぐらい美術が好きだったので、絵やインスタレーションの制作は続けていますし、美術館巡りもしています。
目指した道は変化しても、好きなことを続けているといつか違う形で日の目を見ることがあります。希少糖の研究をしている香川大学の何森先生と取材で知り合いになり、希少糖の化学式を元にした小さな絵を描いてプレゼントしました。それを先生が気に入ってくれて、「子どもたちに希少糖について分かりやすく説明するなにかができないかな」という相談を受けて絵本の表紙とカットを描く機会がありました。写真のイラストは、その絵本のカットの一部です。

「素人」だって強みになる

仕事はやってみないと分かりません。失敗しても、怒られるのは若いうちだけ。最初から失敗を恐れて格好つけるより、「失敗しました!でも次も挑戦します」とたくさんやってみてください。
入社直後の私はアナウンサーになるためのスクールに通っていたわけでもなく、報道記者を目指していたわけではなく「素人」が唯一の強みでした。素人だからこその視点がある、知ったかぶりをせずに体当たりで取材をしてきました。当時の報道デスク(上司)にも「迷ったら全部撮ってこい!」「そのままでいい、現場で感じたものを撮ってこい!」と言われてがむしゃらに頑張っていました。私も若手をフォローしていく立場になったので、当時のデスクみたいに部下が失敗したら一緒に相手に謝れるような上司になりたいですね。
あとは誰かのために頑張れる人が向いていると思います。企画書を一から作ったり、社内を説得したりするのは大変ですが、自分以外の人(クライアント)のためにより良いものを作りたいと思っています。そうやって人のために頑張ったことが、自分への助けとなって返ってくることがあります。社内外で背中を押してくれる人、助けてくれる人を増やしてください。

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プロフィール

2003年4月入社/東京都出身
山形大学農学部卒

2003年KSB入社後、アナウンサー・記者としてずっこけ警察犬のきなこや香川大学農学部で研究されている希少糖などを取材。「ヒルペコ」の立ち上げにも貢献し、初代プロデューサーを務める。現在は東京支社で営業として勤務。全国展開するクライアントを担当し、CM提案やパブリシティ番組の企画などに携わる。

とある1日の仕事の流れ

8:30
会社周辺カフェで朝活
9:30
出社、メールチェック
見積返答、社内調整
企画書作成、デスクワーク
11:00
東京支社会議
12:30
代理店の方とMTGを兼ねたランチ
情報交換・次回CMの企画の打ち合わせ
14:00
クライアント訪問
番組用・インタビュー取材
隙間時間でメールチェック・社内調整
16:00
本社とオンライン会議
17:00
代理店営業さんに企画プレゼンを兼ねたMTG(コロナ禍では、オンラインも多い)
18:30
帰社・デスクワーク
19:30
退社