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「KSBセレクション」は毎月第2日曜日 深夜1時10分から放送中

KSBセレクションとは・・・

KSBが制作した作品の中から、受賞作品や反響の大きかったものを厳選して放送。
どの作品も制作者が熱い思いを抱き、独自の視点で迫った珠玉の一品です。

8月13日(日) 深夜1時40分から放送再放送:8月22日(火) 深夜2時25分から放送

ダブルプリズナー~カウラシリーズ(2)~

一次放送日
2011年5月22日
受賞歴
平成23年日本民間放送連盟賞中国四国審査会 教養部門優秀賞

制作者より

元捕虜とハンセン病回復者という2つの過去に翻弄されてきた立花さん。立花さんがオーストラリアで捕虜だったことをカミングアウトしたのは戦後43年も経った1988年のことでした。その後も頑なに偽名を使い続けなければならない「二重の苦しみ」を強いたのは日本の社会そのものだったのではないか?そんなやりきれない思いを番組に込めました。立花さんは96歳になった現在もご健在で作中に登場する高校生との交流は今も続いています。

(取材・構成 満田康弘)

番組内容

瀬戸内市の国立ハンセン病療養所で暮らす立花誠一郎さん(当時90)。オーストラリア戦争記念館で終戦直後の貴重な写真が見つかった。1946年3月、シドニー港から帰国する立花さんを写したものだ。1944年8月、オーストラリア・カウラ捕虜収容所で日本人捕虜が集団で暴動、234人が死亡する事件が起こった。捕虜になることを恥とした旧日本軍の教えが、絶望的な自殺攻撃に日本人捕虜を駆り立てたのだ。捕虜収容所でハンセン病と診断された立花さんは、病院に隔離されていて、暴動を傍観するしかなかった。カメラに向かって笑顔を見せる立花さんだが、心の中は不安でいっぱいだった。帰国は新たな隔離生活の始まりだったからだ。捕虜とハンセン病。戦陣訓と誤った隔離政策という2つの国策に人生を翻弄された立花さん。長年、過去について口をつぐんできたが、戦後40年以上経ってようやく重い口を開き始めた。その思いを受け止めたのは、岡山市の高校生たちだった。だが、立花誠一郎という名前は多くの日本人捕虜がそうだったように今なお偽名である。

捕虜は恥だとする戦陣訓とハンセン病隔離政策という2つの国策に人生を翻弄された立花誠一郎さん

※番組内容は取材当時のものです。